乳房再建
乳房再建術とは
乳房再建のメリット
乳房再建術は、乳癌の手術などで失われた乳房のふくらみを再現し、左右の対称性を取り戻すための手術です。
乳房を失ったことで、温泉に入れない、身体のラインが出る服装ができない、バランスが悪い、パットがわずらわしいといった不便や不自由を感じる方が多くいらっしゃいます。乳房再建によってこれらの精神面や肉体面の問題が改善され、前向きになれることが最大のメリットと言われています。
人工物を用いた乳房再建に対する保険適用
2013年7月から乳房専用のティッシュ・エキスパンダー(組織拡張器)と一部のラウンド型インプラント(人工乳房)が、2014年1月からはアナトミカル型インプラントが、乳房切除術を行った患者の乳房再建に対して、施設認定を受けた医療機関においてですが、健康保険の適用下で使用できることになりました。
高額療養費制度を利用した場合、実質的な負担額は8~10万円程度となります。
インプラントによる再建も、自家組織による再建と変わらない費用で受けられるようになったことは朗報といえるでしょう。
(当院は、エキスパンダー/インプラント実施認定施設となっています。)
ティッシュ・エキスパンダー
アナトミカル型 コヒーシブ シリコンインプラント
乳房再建を行う時期
再建を開始する時期により、乳癌手術と同時に行う一次再建と、乳癌手術後一定期間たってから開始する二次再建があります。
一次再建
一次再建のメリットは、乳房の喪失感が少ないこと、手術回数が1回少なく費用も軽減できることなどです。
デメリットは、乳癌の診断がついた精神的に不安定な時期に重なり、再建について考える時間が少ないこと、切除される前の乳房との比較であるため満足度が低いこと、また、二次再建と比べ合併症発生のリスクがやや高いことも挙げられます。
このため、重篤な既往症をお持ちの方や、乳癌が進行していて術後に放射線照射や追加切除を行う可能性がある方にはおすすめできません。
二次再建
二次再建では、乳癌の治療がひと段落ついた頃に行いますので、手術の必要性や手術方法をゆっくり考え、計画的に進めることができます。
再建手術を行う時期や施設を選ぶことも可能です。また、再建された乳房は乳房喪失後との比較であるため比較的満足度が高いような印象があります。
一次再建と二次再建の比較
横スクロールできます。
一次(同時)再建 | 二次再建 | |
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メリット |
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デメリット |
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再建の意志が固く、早い完成を希望される場合は一次再建が良いでしょう。
悩まれているのであれば焦ることはなく、二次再建でも良いかもしれません。
安全で整容性の高い乳房再建を行うために
安全で整容的に満足できる再建を行うためには、まず乳房再建の適応について十分に検討しておくことが大切です。
ご本人の乳房の形、乳癌の手術方法、術前術後治療の内容に影響されるところも大きいため、乳腺外科医との密な連携が求められます。
当院では、週一回の乳腺カンファレンス(乳腺外科、形成外科、腫瘍内科、放射線科、乳がん看護認定看護師、放射線技師などの専門スタッフによる合同カンファレンス)で患者さんひとりひとりに対し、術前から術後までの治療方針について検討を行っています。
乳腺カンファレンス
乳房再建の方法
乳房再建法には、再建材料により大きく分けて自家組織移植による方法(皮弁法)と人工物を使用する方法(インプラント法)があります。
自家組織による再建法(皮弁法)
患者さん自身の体の一部の組織を胸に移植する方法です。
自家組織の採取部位としてよく使われるのが、背部(広背筋皮弁)と腹部(腹直筋皮弁)です。主要な血管が走行していて、採取した後の皮膚を縫い閉じられる部位となります。なぜ血管が必要かといいますと、乳房をつくるのに必要な大きさの皮膚と脂肪組織は血流(心臓から出て戻る血液循環)がないと生きないからです。
皮膚・脂肪組織への血管は主に筋肉の中を走っているため、皮膚・脂肪組織に血管と筋肉をつけて移植する筋皮弁法と、血管をはがして筋肉は残す穿通枝皮弁法があります。この組織を血管がつながったまま移動させる方法を有茎移植、一度血管を切って組織を胸に移動させたあと、移動先の血管に顕微鏡を使って吻合する方法を遊離移植と呼びます。
広背筋皮弁
広背筋皮弁は有茎皮弁として、腋窩部分の胸背動静脈を切離せずに皮弁を移植できます。
血流が安定しており信頼性は高く、手術時間は3~5時間程度と短く済みます。広背筋を失っても日常生活ではほとんど問題になりません。
術後は、早期から歩行可能ですが、組織採取後の背中の皮下に水がたまりやすいので、腕の運動制限が4週間程度必要になります。入院期間はドレーンが抜けるまでの2週間程度かかります。
比較的負担の軽い皮弁ですが、大きなボリュームはないので、A~Bカップ程度のやや小さ目な乳房の再建に適しています。
腹直筋皮弁/腹部遊離穿通枝皮弁
腹直筋皮弁は、下腹部の皮膚と脂肪組織を大きく採取することができます。
有茎皮弁では、上腹壁動脈を片方の腹直筋と一緒に挙上して胸部に移植します。
遊離皮弁や穿通枝皮弁として移植する場合は、下腹壁動脈を腹直筋の中で鼠径部まで剥離して拳上し、血管をいったん切り離したあと胸部へ移植し、胸背動脈や内胸動脈へ血管吻合します。
この皮弁ではボリュームが多くとれるので大きな乳房でも再建でき、柔らかく、下垂した乳房も再現できます。
しかし、皮弁の血流状態に個人差があり、不安定な場合は部分壊死(極まれに全壊死)を起こし、ボリューム不足、変形、硬化などを生じることがあります。
また、下腹部にできる傷は大きく(下腹部が締まってすっきりさせる効果があるという意見もありますが)、腹筋による支えが弱くなるために腹部が膨隆することがあります(予防するために、術後半年程度ガードルなどをつけて過ごして頂きます)。妊娠出産を希望される方にはおすすめできません。
皮弁法の利点と欠点・注意点
自家組織再建は、柔らかく温かい乳房となり、時間が経つにつれて馴染むのが利点です。放射線治療後や温存術後の変形に対しても幅広く適応されます。
欠点は、組織採取部位に新たな傷ができ、筋肉などの組織が失われることによる犠牲があるところです。
遊離穿通枝皮弁は筋肉の犠牲が少なく、乳房の形態を作りやすい画期的な方法ですが、血管の剥離や吻合といった操作がやや煩雑で手術時間が長くなること、術後の安静が必要なため入院も長くかかること、血栓による血管閉塞のリスクがあること(移植した皮弁が壊死に陥ります)などが問題となります。このため、安全に手術を行えるかどうかも十分吟味して選択する必要があります。
人工物による再建法(インプラント法)
通常はインプラント挿入の前にティッシュ・エキスパンダー(組織拡張器)を挿入する手術が必要になります。乳房全摘術では皮膚が切除されて、あるいは縮んで平らになってしまい、インプラントを覆う皮膚の分量が足りないためです。
エキスパンダーの挿入は乳房切除と同時に行うことも(一次再建)、乳房切除後にしばらくたってから改めて挿入することも(二次再建)できます。
術後、外来通院で2~4週間に1回の割合で生理食塩水を注入してエキスパンダーを徐々に膨らませ、それと共に乳房の皮膚が伸展・拡張されていきます。その間は通常の生活や運動が可能です。
充分に皮膚が拡張したら、乳房インプラントへ入れ替えます。入替えの手術はエキスパンダー挿入術後6カ月以降となります。その頃になると伸ばされた皮膚が柔らかく安定し、自然な乳房のたるみが作れるようになるからです。
どちらの手術も手術翌日より歩行は可能です。人工物の周りに被膜ができて固定されるまでの約4週間は腕の挙上運動を制限しますが、支障はきたさない方がほとんどです。その後は水泳・ゴルフ・フィットネスなどの運動も可能になります。
インプラント法の利点と欠点・注意点
インプラントによる再建法の利点は、体の他の部分に傷をつけずに済むことです。また、手術時間が1~2時間と短く、身体に対する負担が少ない点です。乳房再建に対してインプラントが健康保険適用下で使用できることになり、経済的負担も軽くなりました。
しかし、インプラントは既製品なので再建できる形や範囲が限られ、動きもないため、再建された乳房にはある程度の左右差が生じます。下垂した乳房や、アジア人の平らで小さな乳房の再建は難しいと言われています。硬さや冷たさを感じる方もいらっしゃいます。
術後早期の合併症(血腫、感染、皮膚壊死、体液貯留、移動など)のほかに、長期経過中におこる合併症(被膜拘縮、しわ、変形、皮膚炎、乳頭位置異常、インプラント破損など)もあり、アメリカの調査では、術後10年間で60%の患者で何らかの合併症・不具合が起こり、抜去や入れ替え手術が必要であったと報告されています。放射線治療後で皮膚の障害がある場合には適応が難しくなります。
乳房インプラントによって乳癌の発生・再発リスクが増すことはありませんが、乳房インプラント関連の未分化大細胞リンパ腫(BIA-ALCL)の発生が報告されていますので、術後も定期的な診察を受けることが大切です。
乳房再建法の比較
横スクロールできます。
自家組織再建(皮弁) | 人工物再建 | ||
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腹直筋皮弁 | 広背筋皮弁 | インプラント法 | |
手術時間 | 6~10時間(血管吻合がある場合) | 3~4時間 | 1~2時間 |
入院期間 | 約10日~2週間 | 約7日~2週間 | 約1~7日 |
費用 | 保険診療 (高額療養費制度の利用で自己負担額は8~10万円程度) |
保険診療 (高額療養費制度の利用で自己負担額は8~10万円程度) |
保険診療 (ただし認定施設に限る) |
傷跡 | 再建する胸部と下腹部 | 再建する胸部と背部 | 再建する胸部 |
利点 |
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欠点 |
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注意点 |
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局所再発のリスク | 乳癌の発生・再発のリスクが増すことはない | ||
局所再発の発見 | 熟練を要するため、慣れた医師の定期的な検診が望ましい | 難しくない |
乳頭乳輪再建
乳頭乳輪の再建は乳房再建の仕上げの段階となります。
位置、形、大きさ、色調、質感、乳頭の突出について左右対称に作成します。
左右の乳頭乳輪がそろうと、より自然な乳房に見えてきます。
乳頭の再建法には、
①健側乳頭を半切して複合組織移植(composite graft)として用いる方法
②局所皮弁を用いる方法
があります。
乳輪の再建法は、
①健側の乳輪を利用しての全層植皮
②大腿内側基部からの全層植皮
③医療用刺青(medical tattoo)を用いる方法
があります。
(左乳房インプラント再建後、乳頭を健側からの複合組織移植で、乳輪を大腿内側基部からの全層植皮で再建した症例)
また、シリコンで人工の乳頭乳輪を作成し、必要なときに貼付ける方法もあります。
(株式会社池山メディカルジャパンカタログより)
左右のバランスの良い乳房再建が難しいケースに対しての取り組み
乳房再建ではできるだけ左右のバランスが合うように手術を行いますが、失った乳房と同じ乳房が再建できるわけではありません。
乳癌手術で切除される組織の量はひとりひとりに違いがあり、自家組織再建の場合でも乳腺組織とは違う組織を移植することになるため、質感や大きさの再現には限界があります。人工乳房は既製品であるため形や再建できる範囲が限られており、再建された乳房にはある程度の左右差が生じます。また、手術による傷跡(瘢痕)が問題となることも多くあります。
このようなケースに対して、当院では以下の様な方法を取り入れて、よりきめ細かな対応を行っています。
- 自家吸引脂肪注入法
- 自家組織と人工物を用いたハイブリッド型再建法
- 乳房下溝線の作成(下垂感を再現)
- 対側乳房のタッチアップ(乳房挙上、乳房縮小、乳房増大、乳輪乳頭縮小術など)
乳房再建をお考えの方へ
乳房再建は乳がん治療の一環として、いつでも誰もが受けられる治療です。
乳房再建希望がある、または考えてみたいと思われる患者さんは、まず乳腺外科の担当医師にそのことを相談した上で、形成外科を受診されてみることをおすすめします。できれば再建を行う時期とは関係なく、乳癌の診断がついたら乳癌の手術前に乳房再建についてのインフォメーションを知っておいた方が良いのではないかと感じます。
実際の乳房再建術は、乳癌の治療内容と患者さんのライフスタイル、価値観に従ってあらゆるバリエーションが考えられるため、究極のテーラーメード医療といえます。
形成外科では、患者さんひとりひとりの要望、乳癌の治療内容、社会的背景を把握して、患者さんが満足される再建をご提案、ご提供できるようにご協力いたします。乳房再建についての情報が欲しい、手術の具体的な相談、ご希望のある方は、当科の乳房再建外来を予約受診して下さい。
他院で手術を受けられた方の診察も可能です。